大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(う)472号 判決 1956年4月28日

控訴人 被告人 米田祐成

検察官 西川伊之助

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人長崎祐三提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一(イ)(ロ)について。

なるほど、原判決は証拠として交通違反現認報告書裏面被告人供述書を挙げているが、これは表面の右報告書を所論の如く刑事訴訟法第三二一条第三項の司法警察員の検証の結果を記載した書面として証拠に供しているのではなくて、その裏面を同法第三二二条第一項の被告人作成の供述書として引用していることが記載の文言自体により窺われるのみならず、原審公判におけるその取調が同条の供述書としてなされていることに徴しても明らかである。次に論旨は、右報告書の裏面には表記の通りの違反を認むと印刷してあり、被告人が住所を記載し署名押印しているだけであるから被告人の供述書にあたらないと主張する。けれども、右書類はその表面は交通違反現認報告書と題し司法巡査白石勝作成名義のもので、違反の概要欄に「被疑者は上記日時頃(即、昭和三〇年五月五日午後八時四〇分頃)小倉市片野本町一丁目三萩野巡査派出所前国道上において、自己所有に係る軽自動二輪車福一一一二四号を京都郡苅田町より市内魚町方面へ向け運転中、免許証許可条件に違反して眼鏡を使用して運転しなければならないのに係らず眼鏡を使用せず運転したるもの」と記載されおり、その裏面には不動文字を以て「表記の通り違反を認む」と記載しありて、末尾に日付、被告人の住所、氏名の自署及び押印がなされている。従つて右書類の表と裏は形式上別個の書面ではあるが、裏面記載の文言によれば表の違反の概要欄の記載部分はそのまま裏面不動文字表示の違反内容をなしておることが一読して極めて明らかである。而して刑事訴訟法第三二二条第一項の被告人作成の供述書は必ずしも被告人自ら手記する必要はなく、手記にかえて他人作成名義の文書の一部を引用しても又不動文字を使用しても、要は書面全体の形式からして被告人の意思に基き被告人自ら作成したものと認めらるれば足るものと解すべきところ、前記報告書裏面は前記の如く本件違反事実を被告人自ら手記したものでなく手記にかえ白石巡査名義の文書中の違反事実を引用し該違反事実を認める旨不動文字を使用して記載されていて被告人自ら記載したものでないことは勿論であるけれども、その末尾に日附、住所、氏名を自署し押印しているから、これにより右書面は被告人の意思に基き自ら作成したものとして被告人作成の供述書に該当するものというベきである。従つて原審が右書面を被告人作成の供述書として取り調べた上、これを証拠に供したのはまことに相当にして論旨は理由がない。

同控訴趣意第二について。

しかし、原判決挙示の所論の書類が被告人作成の供述書に該当することは前段説示のとおりであり、該書面と挙示の原審証人白石勝の証言殊に「私はその人に免許証には眼鏡使用付ということになつているがどうして眼鏡をかけずに運転しているのかと尋ねますと、眼鏡をかけた方が却つて運転しにくいからということでした」とある部分によれば、被告人が原判示のとおり当時眼鏡を使用しないで軽自動二輪車を運転した事実は優に認め得べく、記録を精査するも原判決に審理不尽、事実誤認及び右証人の証言を措信し難い事情は存しない。所論は原審の採用しない証拠に基き原審が適法になした事実認定を論難するもので採用し難い。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

弁護人長崎祐三の控訴趣意

第一、原判決は法令の違反がある。

(イ) 原判決は判示事実を認める証拠として交通違反現認報告書裏面被告人供述書をあげている。原判決は右報告書を刑事訴訟法第三二一条第三項に云う司法警察職員の検証の結果を記載した書面としている司法警察職員の検証調書とは警察職員が客観事実を五官の作用で実験し認識したままを記載したものであつて刑訴第二一八条又は第二二〇条の検証調書又は実況見分書の如きものを云ひ交通違反現認報告書の如き主観的判断を内容とする報告書の如きは右検証調書の中にふくまない原判決は証拠能力のないものを証拠としているから破棄を免れない。

(ロ) 原判決は証拠として右の如く交通違反現認報告書裏面被告人供述書をあげている。而し一件記録に添附してある報告書裏面には被告人の供述書は存していない同所には表記の通りの違反を認むと印刷してありそこに被告人が住所を記載し署名捺印しているにすぎない。そして別に表記の記載を被告人に読聞かせたり又は之を閲覧させた形蹟も存していないこれを以ては被告人の供述書とは云われない原判決は存在しない証拠を引用しているから破棄を免れない。

第二、原判決は事実を誤認している。

原判決は被告人は眼鏡を使用しないで軽自動二輪車を運転していたとしている。被告人は運転中は眼鏡を使用していたが白石勝巡査よりスピード違反で停車を命じられて下車し交番所に同行されるとき眼鏡が雨で曇つていたので之をはづしていたと供述している。原判決は白石巡査や同人が作成した交通違反現認報告書裏面被告人供述書をあげて本件をあげている。右報告書が証拠能力ない事又報告書裏面に被告人の供述書が存在していない事は前述の通りであつて之を以ては本件犯行を認められない又白石巡査の公判廷に於ける供述では被告人が眼鏡を使用しないで運転していたのを現実にみてはいない同巡査は被告人がスピード違反か追越しをなしたものと疑つて説諭を与える為停車下車せしめ被告人に対し運転免許書の有無を調べ同人が之を所持していたのでその内容を調べた処眼鏡を使用する事を条件として運転する事を許可している旨の一項を発見し被告人を見たところ其の際被告人が眼鏡を使用していなかつたので運転中も使用していなかつたと誤信している。被告人は近視であるばかりでなく片眼はヒガラ目であるから実用の為且は体裁をかざる為にもつねに眼鏡を使用している者である。軽自動二輪車を運転する時だけ之を使用している者ではない使用しないのが例外である。白石巡査はスピード違反又は追越しさえも説諭ですます気でありながら眼鏡を使用してなかつたと云うこれだけの事で何故事件を送局したか被告人は朝鮮より引揚げて来ているが今もだが在鮮中は相当の財と人望があつた正義を好む士であつたので司法部関係者に知己多くその為いわれなき権力者に対してへつらわない気慨がある或は白石巡査に対し堂堂自己の正しさを主張し憎まれた為本件が事件になされたものと思われる。同巡査が被告人の弁明に耳を傾けるならば何故その日被告人が眼鏡を所持していたか否かを明らかにしていないか裁判所が被告人の弁解に耳を傾けるならば当日午後五時頃から八時迄の間雨が降つたか否か測候所に問合わせないか検事は強いて被告人の弁解を破る為自己の部下たる検察庁の雇員がしかも個人用の日記につけている天気の記載を以て之にあてんとしている。原審は真実の発見をおろそかにし判決文が書けるような形式的な証拠ばかりあげているやに思はれ良心的裁判ではない。原判決があげた証拠によつては被告人が眼鏡を使用しないで運転していたものと認める事は出来ない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例